【3.11】東日本大震災が起きたあの日を想う

神社のギモン

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2010年3月11日に起きた東日本大地震。私は被災した当事者ではないのですが、毎年3月11日が近づくと、やはり震災のことが頭をよぎります。

あの日のこと

当時、私は現役ばりばりの巫女さんでした。いつも通りの日常を過ごしていた矢先の出来事、であったことを今でもよく覚えています。

「何だったんだろうな?」くらいにしか思わなかったのですが、その直後、神職さんが血相を変えてこちらに走ってきたことで事態を把握。職員全員テレビの前に集合し、仕事そっちのけで報道に見入っていました。

震災が教えてくれたこと

震災後、神社の神事で奏上される祝詞の中に、「震災復興」を祈願する言葉が盛り込まれるようになりました。また、復興祈願を目的にお詣りされる参拝者さんも多く見受けられました。

天災を目の当たりして思うのは、「人は無力」ということ。だからこそ、手を合わせて祈るのかもしれません。祈ることで少しでも心安らぐ人がいるならば、そんな人々を迎えるのが神社の役目であり、人と神様を繋ぐのが神社職員の役目。震災をきっかけに、改めてそう考えるようになりました。

また、当たり前の日常が「当たり前ではない」ということも再認識しましたね。被災した方々に対して自分は何も出来ないけど、とにかく目の前にある仕事や好きなことを精一杯やる。日常に感謝して、日常を精一杯生きる。それが日常を生きる者の勤めなのかなと思います。

これからのこと

東日本大地震の発生以降、日本各地で大きな地震が相次いでいます。私の地元も、「南海トラフ地震」で大被害を受けることが予想される地域であり他人事ではありません。

ですが、「次は自分が被災者になるかもしれない」と分かっていても、つい平穏な日常に油断してしまいがちです。常に警戒心を持って怯えながら暮らすのが良いとは言いませんが、最低限の備えはしておきたいものです。

簡単な防災グッズを用意して、緊急時の避難経路を確認しておく。私自身それだけのこともまだ出来ていないので、この春こそ実行に移したいと思います。

最後になりますが、東日本大震災で亡くなられた方へのご冥福をお祈りすると共に、被災地の完全な復興を願っております。


以上、李茶でした。おおきに(_ _)

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